クラスの野球部の人たちを応援するために行った球場で、私が釘付けになったのは白球を必死に追い掛ける彼らではなく、そんな彼らに負けないくらい汗だくになって彼らを応援する浜田君の姿だった。


「もしかしてって野球好きなの!?」


文化祭前日、クラスの出し物の準備をしているときだった。野球部の三橋君、田島君、泉君は次の大会に向けて練習三昧なようで、準備期間中全く顔を出していない。皆自分の時間を削って作業しているのに、とそんな三人に対してクラスメイトの不満が募りそうな気配を察する度に、浜田君は三人の分まで働くから、と申し訳なさそうに繰り返している。
応援団長って試合以外でも大変なんだなあと思いながら、そういえば次の大会は応援に行かないのかなと尋ねてみたら、それまで一定のリズムで看板を組み立てる作業をしていた浜田君が金槌を持っていた手をピタリと止めて、キラキラと輝いた目で反対に尋ねられてしまった。
一瞬、言葉に詰まった。


「あ・・・うん、野球の試合生で見たの初めてなんだけど、すごく楽しくて」
「だよなあ!!いやー、オレも応援ってこんな楽しいものだと思ってなくてさー」


興奮した様子で話し終えてから「あ、ごめん。何だったっけ?」と少し申し訳なさそうに聞いてくれたので、笑いながらもう一度同じ質問を口にする。
よかった、不審に思われてはいないみたいだ。まだ胸の奥にしこりのようなものを感じるけれど、とりあえずほっとする。ただ次の応援があるのならまた行きたいなと思って聞いてみただけなのだけど、思いがけず浜田君のスイッチを押してしまったようだ。


「今のところはないかなあ。応援団が部になれば違ってくるかもだけど」
「あ、そうなんだ。残念だね」
「まーでも来年はもっと人数増やしてやりたいと思ってるし、また来てよ」
「うん、行く」


私が頷くと浜田君は嬉しそうに笑って釘を打つ作業を再開させたので、私もいつの間にか手を止めていた花作りを再開させる。そうだ、浜田君は田島君たちの分まで働くつもりだったんだ。あまり邪魔しちゃ申し訳ないけれど、私にもできることないか聞いてみようかな。尋ねるタイミングを見計らって浜田君をチラリと目だけで見ると、また浜田君が手を止めて顔を上げたので慌てて目を逸らした。


「でもがそんなに応援行きたがってくれてたのちょっと意外だったなー」
「え・・・そう?」


何でもないように装って浜田君を見る。浜田君は特に不審には思っていなさそうだったけど、その言葉にまた少しどきっとする。あと少しで完成だった花びらを広げたら皺が寄ってしまった。


「なんかあんまスポーツ好きそうなイメージなかったっていうか」
「うん・・・まあ、やるのはあんまり」
「見るのも?」
「・・・あんまりないかも」
「じゃーがこんなに応援ハマったのはオレの学ラン姿効果だったりして!」


なんちゃって、と浜田君は照れ臭そうに笑った。冗談交じりの言葉であることは頭では理解していた。さっきクラスの人たちにからかわれていた、文化祭用の投票で学ランが似合う人ランキング1位に選ばれたことを含んでいるだろうことも。だから私も、そうかもね、なんてちょっと笑って言えばよかった。頭では分かっていたのに。あの応援スタンドで誰よりも汗を掻いて、誰よりも声を張り上げて、誰よりも真夏の日差しを浴びてきらきらと輝いて見えた浜田君の姿が呼び起こされた途端、胸がぎゅうっと苦しくなって、喉の奥が締まる感じがした。


「や、実際頑張って盛り上がる試合してくれてんのはあいつらなんだけど」


浜田君がばつが悪そうに言葉を付け足す。口調は軽いが、黙ったままの私の様子を窺っているのはすぐに分かった。


「そんなこと、ないよ。私が応援楽しかったのは、浜田君のおかげだよ」
「あ・・・そう?大丈夫?オレ言わせてない?」
「ううん、違うよ」


浜田君が不安そうに聞いてくるので慌てて必死に首を振る。それは、絶対にない。私の挙動不審のせいで浜田君に変な気遣いとか、勘違いをさせたくなかった。


「浜田君がいなきゃ、野球部の人たちにあんな大きな応援届かなかっただろうし、私は応援する浜田君を見て、頑張れって、思ってたよ」


花を掴む手に力が入る。くしゃり、と小さな音がした。せっかく作った花飾りだったけど、それくらい私は必死に言葉を紡いでいた。


「なんか、応援する側が応援されるって変な感じすんね」


少し驚いたような顔をしていた浜田君の顔がうっすらと赤くなっていく。数回目を泳がせたあと、照れ臭そうな、困惑しているような表情でそうぽつりと漏らした。
そんな浜田君の反応を見て、私はようやく自分の行動を省みることになる。ただ私は、浜田君が応援が盛り上がったのが野球部のおかげだみたいなことを言うから、それだけじゃないよって。浜田君の力だよって、少なくとも私は、そう感じた一人であることを伝えたかったのだけど、まるで試合より浜田君を見ていたことを自己申告したみたいだ。


「でもやっぱ応援ってすげーな。応援団長やってるくせに何言ってんだって感じだけど」


あんがとな、
やっぱり照れ臭そうに、でも、くしゃりと顔を歪めて笑われたらたどたどしい弁解の言葉なんて出てこなかった。応援をしていたときの、キラキラした眩しい笑顔とはまた違う、自然な柔らかい笑顔。優しくて、素朴で、ちょっとお調子者の一面もあって、浜田君の人柄がそのまま表れた笑顔に、私はまた釘づけになった。


「・・・あ、ゴメン。手、止めちゃってた」
「え!?あ、わ、私こそ」


一体どれほどこのままでいただろう。浜田君が思い出したように口にして、お互いぎこちないまま作業に戻る。もし浜田君が言ってくれなければずっとあのまま見つめ合っていたかもしれないと思うと、とてつもなく恥ずかしい。小さく息を吐いて自分の手に目をやると、花飾りは随分とくしゃくしゃになっていた。慌てて形を整え直す。それでも少し不恰好になってしまったけれど、嘆くどころか浮き立つような、心躍るような、そんな気持ちでいた。


もしかしてって野球好きなの!?


そう尋ねられてからずっとむずむずしていたこの違和感の理由を、今なら説明できる。
誰かを応援する浜田君をまた見たいと思った。一番近くで見ていたいと思ってしまった。そのわけは、たった今私の胸の中で芽生えた。来年の夏なんて待たなくても、きっと、この人の笑顔を見る度、溢れるほど大きく育っていくだろう。私にとっての浜田君は、あの日からそういう人だったんだ。



2018.1.21
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