「榛名くんって、秋丸くんと仲良いんだよね」


これが、と初めて交わした言葉だった。


と秋丸は去年同じクラスでそこそこ会話する仲だったらしい。オレと秋丸が野球部だということも知っているようだった。隣の席になるまではどっちかというと影が薄くて大人しい印象だったのだが、意外にもから話しかけてきて驚いた。それも、秋丸の話題で。アイツの女友達なんて把握してねェから、少し新鮮に感じたのを覚えている。


「仲良いっつーか、ガキん頃から一緒だしな」


秋丸と仲が良いと言われたり思われたりすると正直微妙な気分になる。これだけ一緒にいて仲良いも悪いもねェだろ。そんな正直すぎる本音が滲んでしまったのに、はなぜか固かった表情を僅かに綻ばせた。まるで肩の力が抜けたように、次々と、それでもたどたどしく秋丸との思い出を語るは、ただの女友達と言うには何かが違って見えた。


「あれ、さん榛名と隣なの!?」
「う、うん」
「コイツ迷惑かけてない?」
「どーゆー意味だ秋丸!」


あの日から一週間後。席替えをしてから初めてクラスへやってきた秋丸は、心底同情したようにに声を掛けた。思わずいつものように怒鳴ってしまってから、今日はいつもと違う状況であることに気がついた。そうだ、秋丸の相手をしてる場合じゃない。振り返ると、オレと秋丸のやり取りをじっと見ていたがびくっと身体を震わせた。


「あ、えっと、二人ってやっぱり仲良いなと思って・・・」
「・・・・・・お前らだって仲良いんじゃねェの」
「え?オレら?」
「秋丸くんとも席隣になったことはあるけど・・・」


オレが睨んだとでも思ったのか、おどおどと口を開くになぜか少し腹が立った。いつも大体こんな感じなのに。それはまた秋丸と仲が良いと言われたせいもあるかもしれない。その腹いせに思い切ってカマをかけてみる。秋丸は何も分かってなさそうに首を傾げたが、は少し顔を強張らせてオレを見つめる。その表情を見て、ずっとオレの中にあった仮説と期待ががちっと音を立てて当てはまる音がした。そして新たに芽生える好奇心。そんな怯えた顔しなくても大丈夫だって、と思わずニヤけてしまいそうになるのを堪えた。


「あっ、そうだ。昨日貸した教科書取りにきたんだった」
「あー?今日持ってきたっけ」
「お前なあ・・・」
「その前に便所行ってくるわ。机の中勝手に漁ったらぶん殴る」
「はあ!?」


秋丸が喚くのを無視して教室を後にする。自分の姿が教室から見えなくなったところでようやく思いっきり表情を緩めることができた。
秋丸のやつ、人には口うるせーのに自分だって人のこと言えねェじゃねーか。しかし、ようやく腑に落ちた。あの日緊張した面持ちで必死に秋丸のことを話すと、カマをかけてみたときの緊張の面持ちを思い出す。
一方、と正反対の反応をしてみせた秋丸はあの様子じゃ気づいていないだろう。だから自身が頑張るしかないのだが、うまくやれているだろうか。余計なお世話かと思ったが、の気持ちに気づいてしまった以上知らぬ振りをすることはできなかった。本人がいない場面であんなにガチガチなのだから、もしかしたらほとんど機能停止しているかもしれない。
チャイムが鳴る1、2分前まで時間を潰して教室に戻る。がどんな顔をしているか楽しみにしていたのだが、驚いて教室に踏み入れた足を停止させたのはオレの方だった。

一番後ろの窓際の席。雰囲気的には文句なしの特等席で、オレの予想とは180度違って穏やかに笑って秋丸と会話をするがいる。なんだ、ちゃんと本人の前ではあんなふうに笑えるのか。いつもオレに対してはやけに緊張したような顔だったから、少しほっとしたような、不服のような、なんとも言えない気持ちになった。
少し開いた窓から風が通りふわりとの髪を揺らした。まるでそれは、学園ドラマのワンシーンのようで。なんで急にこんないい雰囲気になってんだよ。ここで二人の間に入ったら完全にお邪魔虫なのは承知の上だが、仕方ない。


「わり、遅くなった」
「遅い!もうチャイム鳴っちゃうだろ」
「へいへい」


わざとらしく間延びたした声を出すと、秋丸はに向けて笑っていた笑顔を一瞬で引っ込めてオレを睨んだ。その変わり身すげーなお前。その割には随分楽しそうだったじゃねーかという言葉は心にしまって鞄から教科書を取り出すと「じゃあな!あ、さんも!」とチャイムとともに慌ただしく去っていった。胸元で小さく手を振っていたはオレの視線に気づくとさっと手を引いた。恥ずかしそうに俯く小さな姿に何か言ってやりたかったが、生憎号令がかかったので呑み込んだ。

授業中、なぜかオレは妙に落ち着かなかった。は秋丸が好き。それが分かれば十分だったのに、すっきりするどころか全くの逆だ。トイレに行くと言って席を立ったときは面白半分ではあるが応援はしてやろうと思ったくらいなのに。
は秋丸とも隣の席同士になったのなら、さっきのようにいい雰囲気で会話していたのだろうか。どこの席だったのだろう。今はオレとこの席でもったいなくねーのかな。秋丸も秋丸だろ。あんな楽しそうな顔をさせといた後で隣で授業受けるオレの身にもなれよ。ちらりと隣を盗み見れば、予想通りは生真面目な顔で黒板に視線を送っていた。
苛々するくらいなら考えなきゃいいのに次々と二人に対する不平不満が溢れてきて、授業終了の号令がかかった後耐えきれなくなって口に出していた。


「ったく、秋丸のヤロー・・・」
「・・・・・榛名くん、秋丸くんから普段借り物してるの?」


秋丸が教科書を取りにきたことを言っていると思ったのか、が的外れな言葉を投げてきて思わずずっこけそうになった。


「あー・・・まあ、してるな」
「いつも取りにくるの大変だって秋丸くん言ってたよ」
「なんだよ、秋丸と一緒にいれる機会ができるんだから喜べばいいじゃん」
「え?」


人の目ってこんなに丸くなるのか、と感心したくなるほど目を丸くさせてがオレを見る。そんな驚いた顔しなくてもバレバレだって。数秒後、オレが言わんとしたことを察したが顔を赤くさせて何かに怯えたように「ち、違うよ」と否定の言葉を口にした。ようやく絞り出した言葉がそれかよ、とイラっとしてこれ以上引っ張っても意味がないと、思い切って言ってやった。


「違わねーだろ。秋丸こと好きなんだろ?」
「秋丸くんじゃなくて・・・・」


秋丸じゃなくて。予想外の言葉に一瞬面喰うが、その言葉の続きを必死に詮索する。思わず口走ってしまった一言だったのか、本人がしまった、という顔をして頬をますます赤く染めた。その反応を見て確信する。秋丸じゃなくて、そんなの、もしかしなくても一人しかいねーじゃねーか。


「・・・・・・オレ?」


こくり。


「お前、オレのこと好きなのかよ!?」


まるで雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡り、あまりにも驚きすぎて二度も確認をしてしまった。改めて問われると恥ずかしさが増すのだろうか。さっきよりもゆっくりとぎこちなくは頷いた。オレも自分で口にしておいてなんだが恥ずかしいことを言ったのは自覚している。


「私、榛名くんのことが好きです」


ここまできてようやく吹っ切れたのかさらに追い打ちをかける渾身の一言。ちょっと待て、一旦整理させてくれ。秋丸のことを好きだと思っていたはオレのことが好きで。オレはずっと勘違いをしていたわけで。すげー恥ずかしい奴じゃねーか、オレ。つーかそんな素振りしてなかっただろ。


「秋丸とすげー笑ってたじゃねーか。・・・オレの前だといつもビクビクしてたくせに。あと、秋丸のことめっちゃ話してくるし」
「あれは・・・・榛名くんと話したくて、会話のきっかけになるのが秋丸くんしか思いつかなくて。それに、榛名くんに対してはいつも緊張しちゃうから・・・」


せめてもの抵抗のつもりで問い詰めたのだが逆効果だった。こんなに必死に想いを伝えられてどういう返事をすればいいのか。好きって言われたら、付き合うか付き合わないかになるんだろうか。そもそもオレは、この同級生が好きなのか?ずっとは秋丸のことを好きだとばかり思っていたから、オレを好きだという事実さえうまく呑み込めない。オレはを好きか、そうじゃないのか。この問いに今すぐ答えを出すのは急すぎると思った。


「・・・イヤじゃない」


オレはのことを好きなのか。それは正直よくわからない。でも、好きだと言われて驚きはしたものの嫌だとは思わなかった。これが今のオレができる精一杯の返事だった。はどう思っただろう。告白の返事がこんな曖昧な返答で満足するのだろうか。不安に思っていたが、はほっとしたように柔らかな顔を見せるのでドキっとした。今までの何かに緊張したような顔とは全く違う。秋丸と話していたときとも違う。初めて見る自然体のだった。


「そっか」
「・・・・なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「だって、ようやく榛名くんと隣の席を楽しめそうだから」


ふわりとの髪が揺れる。一番後ろの窓際の席。雰囲気的には文句なしの特等席の効果がようやく発揮される日がきたらしい。


2018.6.6
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